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2008年7月 9日 (水)

旅を終えて①-北海道・洞爺湖-

「十人十色」という言葉があるように人はそれぞれ違う。少し違う人もいれば、全く違う人もいる。

だから面白かったり、憎んだり、笑ったり、戦ったり、愛したりすると思う。

でも似た部分とか、共通のものを持ってたりするから繋がって話し合っていけば本当はみんな理解し合えるはずなのだと思うし、そう信じている。

皆さんと同じ島国に生まれ、あるいは同じ島国に生き、その島国に生まれ、生かされている環境活動家?‘さわ’こと僕、サワラギユウイチロウのこの旅のいきさつと旅で感じた事何個かに分けてヘタクソながら一生懸命、言葉にしたいと思います。

旅を終えて①。よくなぜこんな事をしているのか聞かれるが、僕自身もよく「んー」となるから旅をスタートさせるまでをまず振り返ってみたいと思います。

サッカーが大好きで中学2年の夏から部活引退までの一年間、朝3時に目を覚ましボールを蹴る為にゴミを拾いながら中学校のグランドに向かった。ゴミを拾っているのも自主練習しているのもシャイな中学生には何となく恥ずかったから誰もいない時間に家を出て、ゴミを拾い学校に着き4時前からボールを蹴り続けて、朝の7:30から始まる部活の朝練までの時間を過ごした。

じゃあ何でゴミを拾っていたのかと考えると、当時「50年後の地球」というようなタイトルの番組を見てこのままでは地球は危ないと知ったこと、そして同時期に映画「もののけ姫」をみて『まだ終わらない私達が生きているのだから』という言葉を聞いたのが大きかった。でも小学生の頃から何となくオゾン層の破壊とか、地盤沈下とか授業の一つとして少しやった事が何故かひっかかっていた。

誰でも何かひっかかるものってある、それはいつかわかんないし、何かもわかんないし、消えちゃうものかもしれないけど。

しかし、勉強は嫌いだったし、あくまでサッカーのことしか考えてなくてサッカー選手になって一生サッカーやれたらどんなに幸せだろうと思っていた。

中学生最後の大会、僕はレギュラーじゃなかったが背番号10番のユニホームをもらった。全国レベルのチームの中で隠れてやっていたつもりなのに誰よりもボールを蹴っていたことを先生が見ていてくれたし、仲間が見ていてくれた。この時自分のばあちゃんが好きだった相田みつをさんの、

『観音様がみている 佛さまが見ている みんな見ている ちゃんとみている』という言葉が本当だと感じる。

中学生のときはもう一つ大きな事があった、ばあちゃんが亡くなった。小さい頃から今でもよくひび割れする手。会う度にハンドクリームを買ってきてくれた。幼いころ父に怒られ、泣いていたら「ゆうちゃんが泣いていると私も悲しくなる・・・」と言って本当に涙流して泣いてくれた、それが大きな衝撃だったし、本気で相手の身になって感じるということこれが「愛する」という事なんじゃないかなと考え始めたきっかけだった。そんな大事な人が大事にしてくれたカサカサの僕の手で人をだましたり汚すような大人に絶対ならないと決めたのもばあちゃんが亡くなった時だった。

高校受験が嫌でサッカーの推薦があるからと高校に入り18歳の秋、「この三年間ででレギュラーを取れなかったらサッカーをやめる。」と決めて望んだ高校総体は大会直前にベンチからも外され、大きな夢が終わる・・・。

次何しよっかなーって思って考えた結果、純粋に「世界平和」を望む。その為の一つの手段として映像やってみよう!って考える。

専門学校で映像を学び、卒業の時に映像で人に伝えるならいろんな経験しなきゃって事で一年いろんなバイトして、半年カナダに行く。カナダは日本人にとって英語が聞き取りやすいからって事を聞いたから。何せ中学レベルの英語もわかんなかったもんだから。半年のうちのラスト一ヶ月でカナダとアメリカを電車で横断。向こうの人って日本に比べて休み多いし、笑顔だし。確かに怖い面もあるけど。帰りに中国や台湾も行ったが海外より自分の国の事知ってんのか?良いとこも、悪いとこも知ってんのか?とふと思い、日本を周ることを決意。

帰ってきて地元でバイトしていて、帰りに本屋により何となく忘れかけていた地球環境の本を読む。そしたらこのままじゃ危ないと知り新聞記事から反温暖化論まで読み、考えたのは確かに地球環境はこのままじゃいけない、でも一番まずいのは人間が、いうなれば今の子供達が地球環境について考えなくなることが一番まずい、なんとかなると考えてほしくないなと思って組み合わさったのが

自転車で日本を横断(縦断)して環境メッセージを集めて洞爺湖に行こう!

会場に向かって旗を広げる、それを考えたらワクワクしてていう気持ちもあったけど、そろそろ映像の事も真剣にやりたかったし、長い目で見れば映像で一人前になればたくさんの人が見てくれるしっていう気持ちもあったが地球のことを考えればすぐにでも良い方向にいってほしい問題だし・・・

考えた結果、映像だって簡単じゃないし1、2年で一人前になれるほど甘くないし、その1、2年での環境の変化を考えたとき直ぐにでも、少しでも役にたつかもしれない縦断をすることにした。ある意味約半年が無駄になってもいいや!って気持ちだった。

決めたら行動で周りのみんなに言った「俺、サミットまで自転車で日本横断(縦断)するで!」って

そしたら鹿児島へのバスの出発前日、中学校の仲間が「明日うちの10番が旅立つで集合!」っていってみんな平日にも関らず集まってくれた。

ちなみにFor Earth=For usはシンプルに出会った人にも首脳達にも伝わるフレーズを考え、看板屋で働く友人が旗の文字のデザインをしてくれ、ママチャリで行こうとしていた僕にマウンテンバイクを違う友人が貸してくれた。

前フリ長かったけど、子供の頃の環境がもともともっている性格を変えたりするから旅前はこんな感じでしたってことでさあ、鹿児島に到着し日本横断(縦断)・環境メッセージの旅が始まったわけです。

Photo

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